ホッキョクグマに対する害獣対策
害獣対策
カナダやアメリカの北極圏では、石油や地質の探査関係者、科学者、地元住民は頻繁にホッキョクグマに遭遇し、しばしば負傷したり命を落としたりしています。致命的な結果を招くことも少なくありません。
カナダ北部での人間活動の増加は、天然資源の利用や探査、北極沿岸の町や村の人口増加に起因しており、このような潜在的に危険な遭遇の数を増加させています。そのため、野生のホッキョクグマ、ツキノワグマ、グリズリーベアの近くで作業をしなければならない人の安全性を向上させるためこれら害獣に対する害獣対策の取り組みが行われています。
カナダブリティッシュ・コロンビアに住むドナルド・ウイドリッジさんは、野生のホッキョクグマを対象に音響による撃退装置を1976年~1979年にかけての4年間研究評価しました。
テストには捕獲したホッキョクグマの攻撃的な発声を録音し,スペクトル内容と振幅エンベロープ(1/3オクターブバンドの周波数に対する相対的な振幅)を電子的に分析して,いくつかの合成された「咆哮」から作り出した生態音響が使用されました。これらの音は,ホッキョクグマにとって重要と思われるいくつかの成分を誇張したり,明確にしたりしたものです。
音響による撃退装置は、テストサイト境界に侵入しようとした熊の69%(N = 71)を阻止しました。
またスピーカーの位置、音の大きさ、事前通知のタイミングが、音響による撃退効果の重要な要因であることも突き止められました。
テスト条件
テストは、毎年秋にホッキョクグマが集中するマニトバ州チャーチルで観測塔を設置し行われました。
試験場はこれらの塔の周辺に配置され、主にイワシの餌を使ってクマを試験場に呼び寄せました。
音声再生装置は、年によって異なり、音量(全種類平均)は、1976年が120dBA、1977年が91dBA、1978年が85dBAでした。(dBA=Aスケールのデシベル)。
音源は常にクマから遠くに配置し、クマから100m離れたところで発声させました。
スピーカーは高さ約1.5mの柱に取り付けられ、餌場や試験場から2m以内に設置されたました。音はクマが1~2m以内に入ったときにのみ発声しました。
クマの反応は次のように分類されました。
1.強い撃退(すぐに明らかにその場から立ち去り、1時間以内に戻ってこない)
2.撃退(歩いてその場から立ち去り、1時間以内に戻ってくる)
3.未定(明らかな反応はなく、一時的に立ち去ることもある)
4.無反応(明らかに立ち去らない)
5.興味(サウンドシステムに多少の興味を示す)
6.攻撃・襲撃(スピーカーに向かって前進する、スピーカーを攻撃する可能性がある、またはスピーカーに反応して発声する)
上記反応に対して、当該のテストでは、「強い撃退」「無反応」「調査」の3つの反応しか見らませんでした。
音響による撃退テスト | 反応 | |||||||
強い撃退 | 無反応 | 興味 | ||||||
年 | 撃退音響音量 | 全体頭数 | 頭数. | % | 頭数 | % | 頭数 | % |
1976 | 生態音響 | 15 | 12 | 80 | 3 | 20 | 0 | |
120dB | ||||||||
1977 | 生態音響 | 9 | 9 | 100 | 0 | 0 | ||
91dB | ||||||||
1978 | 生態音響,合成音 | 21 | 8 | 38 | 4 | 19 | 9 | 43 |
85dB | ||||||||
1979 | 合成音 | 29 | 22 | 76 | 1 | 3 | 6 | 21 |
90dB | ||||||||
合計 | 74 | 51 | 69 | 8 | 11 | 15 | 20 |
表1 生態音響による撃退テスト
74頭のホッキョクグマの音響刺激に対する反応を表1にまとめました。
上記反応時には下記に示すような行動が見られました。
1.強い撃退を受けた51頭のクマの行動は、すぐに音源から離れ、音源から200~300m離れたところまで逃げ続けたことが特徴的でした。
2.8頭のクマは音に対して明らかな反応を示しませんでした。これらの動物は、そのエリアに入ったり歩いたりし続けました。
3.15頭のクマは音源に興味を持って調べるような仕草をしていました。この行動の特徴は、ゆっくりと近づくことです。鼻で匂いを嗅いだり、スピーカーをなでたり、スピーカーの支柱にこすりつけたりしていました。また、スピーカー支持部にも擦り寄っていました。
考察
この研究結果は、音響による撃退装置がホッキョクグマを撃退できることを示しています。
また様々な音響による撃退装置の研究で指摘される撃退刺激に対する慣れに対しては、ウイドリッジさんはクマが1~2m以内に入ったときにのみ発声することによって解決できたとしています。これらの攻撃的な音のタイミングと発声は,その成功のための重要な要因となります。多くの野生の害獣は刺激や痛みを伴う音源にさらされても、何度も経験するうちに強い撃退反応が出るとは限りません。
高出力の音(おそらく痛みや不快感の閾値)と生物学的に重要なメッセージ(生態音響)を、縄張りの脅威を尊重して反応するように自然に調整された動物に発声することで、慣れの可能性を減らすことができるとしています。
またウイドリッジさんはこの種の音響式撃退装置を効果的に使用するためには、下記を推奨しています。
1.最低100dBAのスピーカー出力(スピーカーから1mの距離で測定)
2.指向性のない一般的な音の放送ではなく、点音源であること
3.対象となるクマにとって適切でアクセスしやすい逃げ道や地形であることです(神経質な熊を大きな攻撃音で追い詰めることはできません)。
4.音はクマが約100m以内に入ってから鳴らすべきです。遠すぎる音はかえってクマを引きつけてしまいます。
電気柵について
野生のホッキョクグマを撃退するには、電気柵では効果が薄いようです。 痛みを伴う刺激を与えれば、ほとんどの動物は撃退することができますが、ホッキョクグマの毛皮は、北極圏の乾燥した空気の中では、特に優れた電気絶縁体として機能します。
ウイドリッジさんの研究によると200kV以下の電気柵の電撃では、ホッキョクグマの毛皮を貫通する信頼性の高いアークは発生せず、痛撃は発生しませんでした。
また凍って乾いた雪に覆われた地面は、熊を介した衝撃経路を完成させるための問題をさらに悪化させ、最後に、絶縁体に霜が降りることで柵電圧の一部が漏れてしまことになり想定の痛撃を加えることはできません。
提言
今回の研究結果より、ウイドリッジさんは下記のような提言を行っています。
1.クマのいる地域で働く人々に安全な環境を提供するために最も重要なことの一つは、その地域に動物がいることを十分に警告することです。そのためには、高度なクマ検知システムを導入することが有効です。
2.ゴミ処理の訓練を受けたクマ、過去に人間と接触したことのある放し飼いのクマ、空腹の支配的な動物は、撃退システムに期待通りの反応を示さないことがあります。現場の安全担当者はそのような可能性に備え、適切なバックアッププランを用意しておく必要があります。
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